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何となく駅の話

昨日梅田、というか茶屋町に久しぶりに行きまして…

社会人になってすぐの頃、映画を毎週観ていた時期があって、当然梅田ロフトの地下にあるテアトル梅田にもよく行ってました。当時は梅田にシネコンもなかったし、ミニシアター系の映画を中心にみていたので、いろんな映画館行きましたね~。今は無くなった映画館も数しれませんが…このあたりは演劇を毎週観に行っていた時期もあるので、同じような感覚になることもままあります。新陳代謝が活発なのが都会ですからねぇ。

しかしアレね。梅田ロフト横の丸善ジュンク堂、びっくりするば大きいっすね。初めて大阪にでてきたとき紀伊国屋書店に行ったときの「なんじゃこの広さは」に匹敵するデカさですね。しかも余裕を持って作られているから、楽~に本を探せる。ありゃいいね。思わず鴨前線の南下に備えて持ち歩ける簡易型野鳥図鑑かったっちゅーに。今の私にはカモ系ですと、アヒル・マガモ・カルガモ・アイガモあたりしか区別つきませんし。う~ん水鳥LOVE!

こんなことが書きたいだけではなくって…

四国に住んでいたころ、大阪の玄関はどこだったかなぁ、と考えた次第。香川に住んでいたころは宇高連絡船か瀬戸大橋(できたの小学校5年のとき)で本州に渡って新幹線を使って「素通り」することが多かったけど、新大阪駅かまれに大阪駅だったかなぁ。観光も勉強もせずに素通りね。どちらかというと東海/関東方面に行くことが多かったですから。

大学生になってからは、徳島の大学だったので小松島港から南海フェリーに乗って和歌山経由で大阪に行くか、徳島港からフェリーで南港に行くか、例外的なものとしてはマリンピア沖の州から高速船に乗って関西空港経由ってものあったかな。どのルートにしても大阪の玄関口は基本難波だったんですよね、「明石海峡大橋」がなかった時代は。だから南海難波駅の頭端式ホームに立つ(ことはめったにないけど)と懐かしいです。

就職活動をはじめる直前に明石海峡大橋ができて高速バスが走るようになりまして。だいたい私が利用していたのが私鉄系のバスで紀伊国屋書店北にあるターミナルを利用することが多かったかな。ということで阪急が玄関口でしたね~。就職活動時期は。面接や試験を受けた後は紀伊国屋で徳島では買えない本を買って、帰りのバスの中で読んで酔う、というのがデフォルトでした。だからこのころの思い出は今は無い(工事中…たしか復元するんでしたよね)阪急の荘厳で巨大なコンコースが懐かしいし、今でも復活してくれるならば大阪を一番感じるのは多分あのコンコースなんだろうなぁ、と思います。

阪急梅田駅のホームもなかなか素敵ですよねぇ。あの頭端式がたまらない感じです。まぁ高松駅も昔連絡船があった関係もあって頭端式だけどかな~り違うのよね、雰囲気が。そうそう御堂筋線梅田駅のあの巨大なトンネルや知らずに入るとどこに行くかわからない梅田ダンジョンも大好きです。

今はねハービス大阪もできたし、大阪駅北口に巨大な高速バス乗り場もできたし、OCATはあるしでいろいろ変わってますけども。高速バスを使うと何か思い出すことがあるのかもしれません。

ま、思いを羅列してみたのさ。ということで、今日はここまで~!

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