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2002年10月

音効職人

大学時代の人形劇の音響ネタです.

こんな私ですが,人形劇をやっていた頃は「音効職人」なんて言われたもんでね.だって他のメンバー,全然タッチしてこないんだもん,結構やりたい放題やらしてもらえた.良くも悪くも.大学1年のとき,enyaを音響に使った影絵劇(宇宙人と女の子がお友達になるお話)が職人になるべくがんばってみたもんだった訳だが,あれは実はかなり楽勝だった.ストーリー的にも分かり良かったし,どこにどれをもってきてもそれなりに合う曲が揃ってたからね.

同じ時期にやったのが1年先輩の人形劇の音響でした.このときは改作をしたけどちょいといじっただけだった.それなりにアンドレアス・フォーレンヴァイダー(new age系のエレキハープ奏者ね)の音楽が合ってたから.それに自分自身が役者で劇に参加してたもんだから,冷静に外から劇を観れなかったし.実はこのときに先輩が「ヘヴィーメタル系の曲だけで音効やりたい!」って言ってたんだけど,今にしてみりゃそれをやっても面白かったのではないかなとは思う.ただ,当時の私は詳しくなかったす,先輩にしても家に行ったらクイーンズライクのCDがやたらめったら並んでたので,なんかや~な予感がして丁寧にお断りした次第で.今だったら同じような台本でハードロック/ヘヴィーメタル路線で選曲する自信はあるですケドね.このときのお陰で今でもフォーレンヴァイダーの音楽聴いて和むことが出来る訳でそれはそれでありがたかったと思っています.W県のOさんからCDをかっぱらってた訳ですが,今となりゃ買ってますもんね,フォーレンヴァイダーのCD.

2年になって早くも壁にぶち当たりまして.まぁ人形劇に関しては自分で脚本書いてたから,メンバーを同意させるために口から出任せで「これはミュージカルです!」なぁんて言ったがために,自分の首が閉まってしまうという非常に楽しい状況でした.なんとか簡単なアルペジオで誤魔化してみたりして,村下孝蔵さんの曲を替え歌にして使ってみたりしてね.それなりにだましだましやってた.夏の集中練習(とはいいつつ12時間以上単調に練習するから発散練習というか放電練習)の際には終了後,夜な夜なテープに録音再生録音再生録音再生~を繰り返しほとんど寝れない中で練習に行ってたもんだから公演終わったら死んでましたけどね,はっきり言って.この劇に関しては音響職人の私としてはあまりうまいものではなかったと思っています.最終的にミュージカルじゃなくって,歌も唄うストレートプレイになっちゃったからなぁ.自分に曲作りの能力が無いことを痛感しました.なんか今だったら,いや今だからこそ曲を作れるような気はするぞ,こんな夜中にCD聴きながらこんな文章書いてるって暗いと思うケドも:).

同時期に1年下の後輩の音響もやったんですが,これが結構難しかった.タイトルが「星に願いを」で,まさしくその曲のオルゴールが最後に入るっていうのが脚本中に指示として記載されていたんですな.今となっては演出担当のT先輩が分かっていたかどうかは知る由もありませんが,こういう制約のあるのが音響をつける上で非常に難しい訳ですよ.途中で諦めかけて「いっそ『星に願い』をのオルゴールだけにしましょうか」とか「『星に願いを』のバージョン違いをかき集めてみましょうか?」という言葉が喉の奥まで来てましたもん.でも結局その2つの案は自分の中で破棄しました.ある先輩は「オーケストラのクラシックでも使う」なんて言ってたけどこれは私が却下.展開にあわせて付けるのは簡単だけど一番大事な「『星に願いを』オルゴール」が引き立たないというのがその理由.ということで,私が選んだのはピアニストの中村由利子の「風の鏡」「時の花束」って2枚のアルバム.後者は私のすきなカルトムービー「1999年の夏休み」の音楽として使われていたことから決めました.曲自体がシンプルで透明感があるから選んだ次第.最終的にピアノとオルゴールの組み合わせでピアノの方をできるだけ地味な部分を使用し若干音を絞って,オルゴールを引き立てるという方法をとりました.ピアノの方はイージーリスニング系の音なんでメリハリが無いわけですが,結構場面にあわせるのは辛いときがありました.

あるとき演出に内緒で練習中に試しに各シーンの曲を丸々入れ替えてやってみたことがありました.ところが,出演者はともかく演出までその事実に気づいていない(!)という衝撃の事実にぶち当たり,「どっちの曲がいいですか?」の問いに「どっちでも同じようなもんだからどっちでもいい」なんて言われかなり凹んだことを覚えています.とはいうものの確かに客観的に見ればどっちでも良かったような曲だったかなとは思います.この劇が私の中では一番苦労した音響でした.

私ははこの4つ人形劇・影絵劇の音響だけやってサークルを辞めました.後輩に面倒をかけたと思います.結果的に自分の演出力アップに繋がったから良かったですが.その後後輩の書いた人形劇のタイトルが「ストロベリーフィールズフォーエバー」.何度か見学に行きましたが中々の出来でした.その人形劇の最後の公演が終わった頃,その脚本担当と出演者と一緒に自分たちのバンドMerlionは結成される訳ですが,それはまた別のお話ということで.

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