« 2002年6月 | トップページ | 2002年8月 »

2002年7月

病院にて その1

朝,あまりにも気分が悪く会社の事務処理をとっとと終えて早退し午前中にいつもの病院に行った.ここんとこ時間ギリに入って待ち時間を減らすという作戦で行っていたが,久々に午前中に行ったろと思って行ったところ,エンライ混雑ですることが無い.だから文章を書いたのさ,Jornadaで!

よく考えるまでもなく,バブル初期~末期の時代にボクは中学・高校と多感な時期を過ごしたわけである.大学に入った頃にはもうバブルもはじけてしまっていたんだな.大学を出る頃には景気も回復しているかなとは思ってみたが,あれからもう9年,何時まで続くんだい,この不景気は,ってな具合である.

大学時代にOさんやバンド関係の友人がいたためボクは偶然か必然か,60~70年代のロックなんぞを聴きこんでいた.いつのまにか,リアルタイムでは経験していないはずの音楽が自分の心の帰るところになったような気がする.だからWHOのことはリアルタイムでは知らなくても,キース・ムーンが死んだというのは悲しいことだとホンを読むたび思う.だってキース死んだときってボク3歳だぜ.覚えてねーよ,当たり前だが.まーもっともジョン・レノンの死はなんとな~く覚えているような気はする,ちなみに当時6歳,どうも怪しいが….先般亡くなったジョージ・ハリソンやジョン・エントウィッスルはリアルだけど,なんか「歴史の区切り」みたく感じちゃって,リアルはリアルなんだけど,遠い世界の話だったよな,変な話.

本来リアルで経験しておくべきを後から経験することが多いから,やっぱ性格ひねくれてるんだと思うわ,最近.コラムで書いたとおり,ナイロン100℃のVTRを観るんだけど,劇場に行ってるわけじゃないから楽しさなんか0.5%くらいしか経験出来ていないんだろうなぁ,なんて考えるとちょっと切ない.モンティ・パイソン大好きなボクにとってナイロンの芝居は面白く(事実KERA自身がモンティ大好きで影響モロに受けてるからなぁ,大体彼の事務所の名前が「(株)シリーウォーク」ちゅうあたりかなりマニア泣かせっす),ゲラゲラと笑いたいのだが,いや,笑っているのだが,ひとりで笑ったところで後から妙な虚脱感に襲われてしまうのである.しゃーないんだがのぉ.学生時代になんだかんだとやっていたおかげで,VTRというものには「記録」するという機能しかなく,臨場感とかライブ感というか,そこにある雰囲気・匂い・テンションなんかこれぽっちも伝わらないのに集めてしまうのは,キット,自分のコレクター癖にあるのだろうねぇ.

ちょっと閑話….人形劇をしていた頃のこと.私は音響でスタッフワークに関わることが多かったのね.で,演出をコントロール化に入れてしまうというトラップをあちこちに忍ばせてたわけ.なんでこんなことを企まなくてはならんかったのか,ってお話.人形劇とか影絵劇って基本的に普通の劇より自分のやっていることを客観的に見難いのよ.自分自身が演じているときってある程度自分の体のイメージというか感覚があるじゃない?もっとも私にその感覚が希薄なのが役者としての一番の欠点であるわけだけれど.人形劇なんかだと,声は自分で出すタイプの人形劇だったから,声に関してはある程度コントロールしてました.でも自分の人形って見えないのよ.鏡の前でできるんじゃ?なんてツッコミが入りそうだけど,私のやっていたのは「手遣い」っていう棒人形だったから,基本的に目の前に人形が来るから鏡でも観察しにくい.そこでVTRを投入して動きを確認するようにしてたのな.ところがある日,演出担当の人が劇やってんのに舞台の方全然観てないのよ.なにしてるのかなぁ,と思っているとVTRの方見てるの.あの,それって私らがチェックする用じゃん!演出の意味無いじゃん!!舞台みろや,舞台!!!ということで,ダメだしのときに音響担当兼役者(つまりは私)から演出に忠告したのな.…でもなんかよく分かってなかったみたいだったのが致命傷でした,無念.

さて,話しを戻してと.ナイロン,VTR観てるだけなんだけど,いいわ.芝居のスタイルも広いし.役者も個性あるし.お気に入り.なんとか8月の予約取ったから,今から楽しみ!近鉄小劇場へゴゴッゴーってな感じなんだ.影響受けやすいから最近しゃべりがモンティ気味になったりナイロン気味になったり,どーいうのが「気味」なのか自分でもよく分からんけど.なんかヤプーズあたりからも影響きちゃっててテクノのサウンドが心地よく感じるってのは,ブリティッシュ・ロック万歳だったころとなかキャラ変わってきてねーか,俺.ま,いっか.

ライブで楽しみましょ,ってことで勘弁してください.では~!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2002年6月 | トップページ | 2002年8月 »