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台風の日に逝ってしまった映画監督のお話

私には敬愛してやまない二人の映画監督がいる.一人は大林宣彦監督であり,もう一人が相米慎二監督である

今日の昼休み,いつもの社員食堂で「台風来ないかな?」と思いながらNHKのニュースを見ていたら,そのニュースの後に流れたのが相米監督の訃報であった.「台風クラブ」という名作を世に送り出した監督が台風が上陸しようか,という日に旅立ってしまったというのも偶然とはいえ何か不思議なものである.そして,ショックを感じながら,改めて相米監督の大きさというか,偉大さというかそういうなものをふと感じた.

私が相米ワールドに飛び込んだのは小学校6年のとき.作品は今にして考えると「ゴールデン洋画劇場」という何とも場違い(失礼)な枠で放映された「台風クラブ」であった.今でもガキな私だが,当時はさらにターボが掛ったガキであったため,ひたすら意味の分からない映画だったんだけど,なぜか心に突き刺さる作品だった.そうか,あのときはまだ健在だった親父も一緒に映画を観ていて理解できん,なんて言っていたんだったかなぁ,確か.

自主制作映画というものに触れて,自分でも作れたらなぁと夢見ていた中学時代,ひたすら田舎だった観音寺にやっとまともなレンタルビデオ屋ができた中学時代,そんな中学時代に改めて観た「台風クラブ」で私は一気に相米ワールドの虜となってしまった.高校受験を控えて自分自身が欲求不満がたまりにたまっていたときまさにそれを表現していたのが「台風クラブ」そのものであったと思う.言ってみりゃThe Whoがイギリスのガキの欲求不満の捌け口になっていたのと同様に,「台風クラブ」はまさに「Whoのやりたかったこと」のひとつを映像として具体化したものだろうと個人的に感じる.

つまるところ「台風クラブ」は決して不満を「癒す」のではなく,逆に「現実を衝き付ける」という方法論で撮られた映画なのである.「台風来ないかな」と少女が言ってその少女は東京で男にナンパされ部屋に連れ込まれそこから逃げる,そして台風によって帰るための電車が無いという事実にぶち当たってしまう,台風が来て校舎に取り残されてしまった少年少女達はそこで一夜を明かす.しかし翌朝,一人の少年の飛び降り自殺により現実に引き戻される.結局,あの台風の中の校舎の閉鎖空間に取り残されたものも,取り残されなかったものも現実に打ちのめされてしまうのである.

私自身,今でも「台風クラブ」のことは大好きだし,特に80年代のガキを描いた相米作品は大好きである.実は一番好きなのは,如何にも相米フリークらしく「ションベン・ライダー」なのだが,今日は台風の日である.他の作品のことを書くのも不粋というものかなと思う.中途半端な気もするけど「台風クラブ」のお話だけで終わろう….

相米慎二監督,享年53歳,只々冥福を祈りたい.

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