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2001年9月

やっちゃいたいときのうた

あんたのために何が出来る? 何も出来やしないのさ
夢を追いかける少年 現実にぶつかるサラリーマン
ネクタイ結んだところで 首が締まって苦しいだけじゃない
ボクには尻尾がついている 誰かに踏まれて動けない
たまの外出大騒ぎ だけど翌日パラノイア
そのまた翌日大パニック!

頭の中身がトロトロ溶けて 気分はなんだかまったり
頭の中の海綿体 血が通わないからふらふらと
どうせダメならお気楽に 言うこと聴いてくれないの?
だったらいっそガチンコで いったら今度はノックアウト!

夜の梅田でただひとり ぶらつく夜はなんだかハッピー
昼の日本橋にゃ花はねぇ だから気分はサッドネス
だけどもなぜだか行っちまう 気がつきゃそっちに向いている
あんたの気持ちは分からない 自分はもっとマッドネス

真夜中テレビを付けてみりゃ 阪高走るダンプカー
台風情報だけは好き! 閉じ込められて大興奮

やっちゃえよお気軽に いっちゃえよガチンコで

夜中の電話で目が醒める 非表示・圏外徹底無視
誰だか知らんが電話する 夜中の3時に勧誘かい?
ストレス溜まるそんなとき 責めてくるのはゲス野郎
私は多分無神論 でも唯物論は分からない
なのに出るのは冠婚葬祭盆正月

ジェリービーンは食べ飽きた 気分が悪くてこみ上げる
なのにご機嫌大フィーバー 原色カラフルパラダイス
言ったそばから鼻の中 そこから飛びだす戦闘機
私の耳を食べないで 食べると蜂蜜塗るからね
そんな君とはハニームーン 金星からおかえりなさい

やっちゃえよお気軽に いっちゃえよガチンコで
やっちゃえよ!お気軽に いっちゃえよ!ガチンコで

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台風の日に逝ってしまった映画監督のお話

私には敬愛してやまない二人の映画監督がいる.一人は大林宣彦監督であり,もう一人が相米慎二監督である

今日の昼休み,いつもの社員食堂で「台風来ないかな?」と思いながらNHKのニュースを見ていたら,そのニュースの後に流れたのが相米監督の訃報であった.「台風クラブ」という名作を世に送り出した監督が台風が上陸しようか,という日に旅立ってしまったというのも偶然とはいえ何か不思議なものである.そして,ショックを感じながら,改めて相米監督の大きさというか,偉大さというかそういうなものをふと感じた.

私が相米ワールドに飛び込んだのは小学校6年のとき.作品は今にして考えると「ゴールデン洋画劇場」という何とも場違い(失礼)な枠で放映された「台風クラブ」であった.今でもガキな私だが,当時はさらにターボが掛ったガキであったため,ひたすら意味の分からない映画だったんだけど,なぜか心に突き刺さる作品だった.そうか,あのときはまだ健在だった親父も一緒に映画を観ていて理解できん,なんて言っていたんだったかなぁ,確か.

自主制作映画というものに触れて,自分でも作れたらなぁと夢見ていた中学時代,ひたすら田舎だった観音寺にやっとまともなレンタルビデオ屋ができた中学時代,そんな中学時代に改めて観た「台風クラブ」で私は一気に相米ワールドの虜となってしまった.高校受験を控えて自分自身が欲求不満がたまりにたまっていたときまさにそれを表現していたのが「台風クラブ」そのものであったと思う.言ってみりゃThe Whoがイギリスのガキの欲求不満の捌け口になっていたのと同様に,「台風クラブ」はまさに「Whoのやりたかったこと」のひとつを映像として具体化したものだろうと個人的に感じる.

つまるところ「台風クラブ」は決して不満を「癒す」のではなく,逆に「現実を衝き付ける」という方法論で撮られた映画なのである.「台風来ないかな」と少女が言ってその少女は東京で男にナンパされ部屋に連れ込まれそこから逃げる,そして台風によって帰るための電車が無いという事実にぶち当たってしまう,台風が来て校舎に取り残されてしまった少年少女達はそこで一夜を明かす.しかし翌朝,一人の少年の飛び降り自殺により現実に引き戻される.結局,あの台風の中の校舎の閉鎖空間に取り残されたものも,取り残されなかったものも現実に打ちのめされてしまうのである.

私自身,今でも「台風クラブ」のことは大好きだし,特に80年代のガキを描いた相米作品は大好きである.実は一番好きなのは,如何にも相米フリークらしく「ションベン・ライダー」なのだが,今日は台風の日である.他の作品のことを書くのも不粋というものかなと思う.中途半端な気もするけど「台風クラブ」のお話だけで終わろう….

相米慎二監督,享年53歳,只々冥福を祈りたい.

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嗚呼,アーキテクチュアよ,君はいずこへ

私の大好きなヒューレットパッカード社があまり好きではないコンパック社を合併してしまいそうな今日この頃,皆さんいかがお過ごしでしょうか?折角ですからこの際HPには,DECブランドを復活して渋いパソコンを作って欲しいと期待しております.ところで今日私は,とある大学のとある研究室へ行ってきました.丁度私が学生時代にしていた「画像処理」の研究をしている研究室だったのと,古い建物で頭の上をはしる数々のダクトと,いかにも後からつけたしましてんというイエローの10Base5とブルーの10BaseTのケーブルが徳島の大学に居た頃を思い出させてくれました.そういや校舎に入ったときも徳大の古い校舎に入ったときと同じにおい,なんだか冷たく化学系のにおいがする中に木のあたたかいにおいが混ざったような不思議なにおいもして懐かしかったです.

で,その研究室に入る前にちょっとびっくり.階段の踊り場やら廊下の隅っこにMacのQuadora700やら今は亡きゲートウェイの牛箱,ちょっと古いHPのワークステーション,SunのSparcStationがあちらにこちら.もーどれを盗んでいいのやら…とは流石に思わなかったケド.今にして思えば徳島にいたころに間違いを起こしてなくってホントに良かったとつくづく思うのでした.でも大学関係者の皆さん,研究で使わなくなったパソコンやワークステーション,処分にお困りでしたらご連絡下さい,出張引取り致します.

なんか某ドオフみたいになってしまいましたが,研究室に入ってまずびっくり,何故か机の上に鎮座ましますPower Macintosh G3 MT.電源ケーブルもADBもディスプレイも何にも差し込んでないの.でもよく見たらMac用D-SUB15ピン→VGAミニD-SUB15ピン変換アダプタだけはささってたわ.なんか中途半端.ところであの筐体みると右側の電源のところ剥がしたくなりません.て,私だけなのかな?あれさえなけりゃ扱いやすくて結構かっこいい筐体だと思うんですけどねぇ.

さらに,研究室の奥に進んでもっとびっくりまずはHPやSunあたりは軽いジャブでその奥にあったのがなんと「Be Box」!,しかも2台!!.「1台私に下さい.可愛がってあげますから」ということばが喉元を上に過ぎて奥歯のあたりまで来ておりました.しかしなぜBe Boxなのか,しかも2台も,ちょっと不思議.その奥にはMacはあるはタワー型のPC-98はあるわ,SGIのワークステーションがいろんな色,形のがずらっとあるわ….このままここにいたらNeXT CubeやらDECのAlphaStationが出てきそうで出てきそうで….なんか「ぼくもう帰らない,ここで暮らす」と同行の先輩に言って「アホ」の一言で片付けられました.

とまぁ,私のようなパソコンコレクターは所謂ハードウェアやソフトウェアのアーキテクチャも勿論気にするのですが,それ以上に外見が重要視することもかなりある,というかほとんどそれだけで購入が決まってしまうことすらあるのです.だからこんなにパソコンがあるんです.もし私がガンになったらタバコのせいじゃなくって電磁波のせいだったとかいわれて笑われるんだろうなぁ….ま,外観も「アーキテクチャ」の一部だ,元々建築用語だしというのはこじつけ過ぎか?というわけでここのコラムではソフトウェアのアーキテクチャの一部「ユーザインターフェイス」のお話だよ.前振りがどんどん無茶にかつ長くなっていく….

さて,ユーザインターフェースといってもいろいろあります.WindowsやMacOSに代表されるGUI,DOSやUNIXに代表されるCUI,カーナビなんかに使用されてるAUI,ケータイなんかも新しいユーザインターフェイスと言えるでしょう.今回俎上にあげるのは記念すべき以前コキ下ろしたMacOS XとWindowsXPです.

WindowsXPもようやく11月16日に発売日が決定し,私もそれに向けて自作機の作成を目論んでいるのですが,さすがにタワーがこれ以上増えるとホントにヤバイので極端に小さなベアボーンでも作りましょうか,などと企んでいます.また話がずれた….元に戻して,このWindowsXPで用いられる新しいユーザインターフェースの名前が「Luna」,見た目は「水っぽい」MacOS Xの「Aqua」に対し,乾燥したような「Luna」と言った印象でしょうか?Mac教の信者の皆様(エバンゲリストなんて自称するくらいだから信者とか布教者とか言っても怒らない…よね)からは「あんなんAquaのパクリやん」との声が聞こえてきそうですが,そうでしょうか?

私自身WindowsとMacintoshの両刀使いですが,現実問題,ユーザを大切にしてきたのは「まだ」Microsoftの方がAppleに比べてマシだったかなと思うのです.どっちもどっちですがね.ただ少なくともMicrosoftは進歩が狂いながらも著しい(ようやく9X系とNT系の合流だし)にも関わらず,Appleは過去を捨てたいのか捨てたくないのか,MacOS Xを出したときにきっぱりさっぱりしたら良かったのに….なんか中途半端です.MacOS Xに関してはあそこまで帰るんだったら過去との決別をもっと早くするべきだし,もし過去にすがるのだったら,ユーザインターフェース的に「Aqua」は失敗でしょう.見た目も設定方法が違いすぎです.本当にMacユーザはあそこまでの急激な変化を望んでいたのか発売後半年たった今でも謎です.しかもサードパーティはしっかりとMacOS X対応を謳った商品を必死で開発し販売を始めているのに,Apple社自身がやる気があるのかとツッコミの一つも入れてやりたい心境です.

さらにMacOS Xに関しては言いたいことがもう一つ.イージーアクセスやクロースビューはどこへ消えたの?まさかClassic環境で使えってことは無いよねぇ.ただでさえ不安定なのに… 「人に優しいパソコン」にMacintoshは戻れるのか,もうダメでしょうけど(遠い目).とここまで悪口書いていながらMacOS X使ってる自分って一体.
(註:現在は「システム設定」で「ユニバーサルアクセス」という項目が設けられている)

Windows XPにも同様の心配がある訳ですがまだマシかなと.「Luna」インターフェースのほかに「クラシックな」ユーザインターフェースへの変更も可能ですから.それに最近Microsoft自体が以前のApple以上に「ユニバーサルデザイン」とか「バリアフリー」とかを意識しているみたいですし,間違えても「ユーザー補助」を入れ忘れるなんてことはまぁ,無いと思うし.「一応」こういった面での社会貢献というか社会責任は感じているフシがありますしね.

とにもかくも,今年の11月16日にその回答は出ます.「Luna」か「Aqua」か,やるべきことをやっているのはどっちか.その日を心待ちにしております.

追記: とか言ってるうちにLinuxベースあたりの「いい感じ」のインターフェースをアマチュアが作ちゃったら大笑いなんだけどなぁ.

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鉄壁のトライアングル

私のお部屋で今かかっている音楽は大好きな“CREAM”です.ってことでコラム書こうかと思った次第.今アイスクリーム食べながらこの文章書いてるし.あっ!CREAMって綴りはアイスクリームと同じだけど英和事典を引いてみましょう.「精選したもの,精髄」って意味が小さく載ってるでしょ.それがこのバンド名の由来だから,そこ,覚えておくように!

ところでCREAMというと「あぁ,クラプトンのいたバンドでしょ」程度にしか思っていない方,結構多くいません?実はさ,そんな単純なバンドじゃないのだよ,CREAMというバンドは.

私,音楽のことこれだけコラムにかいときながら実はあんまり詳しくないからCREAMが如何にすごいすごいスーパーバンドであったかってのは巧く説明できないのよ.ただCREAM加入以前にエリック・クラプトンがYardbirdsってバンドにいたということは知ってるぞ.あとクラプトン脱退後Yardbirdsに加入したのがジェフ・ベックで,そのあとに加入したのがジミー・ペイジだって事ぐらいは知ってるわ.しかし一時的にでもベックとペイジがツインリードで同じバンドに居たっちゅうのもすんごい話ですよね.

だめじゃん,だから先にクラプトンのこと書いちゃうと「CREAMはクラプトンのバンド」みたいに思われてしまうから.違うのよ.実はCREAMのすさまじい点は以下に列挙してみたいと思います.

  • ベーシストのジャック・ブルースとドラマーのジンジャー・ベイカー(通称生姜焼き)はすでにジャズの世界では比較的知られていた人物であったし,以前は「グレアム・ボンド・オーガニゼーション」ちうバンドでメンバー同士だった.この2人実は公私でいろいろ複雑なことが多く合ったらしく,クリーム結成をベイカーと模索していたときにクラプトンが「ジャック・ブルースをベースにしよう!」と提案したときに生姜焼きさんは激しく抵抗した,というのは結構有名な話らしい….
  • ま,過去のことは流しておいてということでなんとかメンバーの3人が決まった訳だけど,この3人ってのがポイント.はいここ重要!当時のロックの世界において3ピースのバンドってのはほとんど存在してなかったのね.これがCREAMの革新性その1.
  • で,3人で何をするのかっていうとスタジオアルバムではプロデューサーのパパラルディのいうとおりそれなりにポップな音楽をやっていた訳だけど….真骨頂はライブにあり!例えば「Spoonful」なんてブルースの名曲のカヴァーをやってるわけだけどスタジオ版は4分程度な訳ですが,ライブになるとあんた!なんでかこの曲が15分くらいになっちゃうのよ,ひたすら間奏の間は果てし合いのような合戦が繰り広げられるのよ.実際にライブ版一回聴いてみ.まだ続くのか~と思っていた後に最初のリフの部分が聴こえてきたらホントほっとするから.ちなみによく車のCMで使われる「Crossroad」もブルーズのカヴァーだけど,あの有名なバージョンはライブ版なのよ.1回目の間奏はまぁなんとか演奏は出来るかな(ちゃんとまとまっているかどうかは別にして)と思うんだけど,2回目の間奏なんかドラムとベースのリズムは違うし,ベースとギターのコードは違うしでもうぐちゃぐちゃなんだけどちゃんと元の曲に戻ってしまうから不思議だよね.一回ね,ちょっとしたおふざけで社会人になってからとあるバンドのセッションでやってみたのよ「Crossroad」.2個目の間奏で見事に空中分解しました….
  • つまるところ前の項で何が画期的なのかっていうと型にはまったポップソングの世界にフリージャズの要素を持ってきてアドリブの応酬というのをやり始めたバンドな訳だ,CREAMは(この行だけで済むことなのに…).これがCREAMの革新性その2.
  • 「ロックは大音響」って概念を作り出したのもCREAMね.THE WHOもでかい音出してた訳だけど,奴らはPAとかはあんまり関係なしでひたすらアンプの音量ブチ上げて機材ブチ壊してたわけだからちょっと違うのよ.CREAMの場合は,最新鋭のPA技術を取り入れての大音量だから.あっ,ジャック・ブルースとジョン・エントウィッスルのベースはギターなんやらベースなんやら分からんってのはよく似たところか….PAを使った大音響ってのがCREAMの革新性その3.
  • 実はCREAMの活動期間ってのは人間関係の問題なんかもあって1966~68年っていう,たった「2年間」な訳だけど,先ほど書いた3つの革新性ってのはもちろん以後のバンドに引き継がれていくわけね.ちなみにこれが「ハードロック,ヘヴィーメタルの源流はCREAMだ」説を唱えている人のポイントとなっている訳.
  • クリーム亡き後音楽シーンがどう変わって行ったかを考えてみよう.クリームの作った大音量のハードロックスタイルでロックンロールを演奏していたのが第1期のジェフ・ベック・グループだったのね.一方,Yardbirds解散(乗取り)後“New Yardbirds”の結成を目論んでいたのがジミー・ペイジであり,結果的にそれがLed Zeppelinになるわけだけど,彼らの音楽スタイル(初期はブルーズのハードロック化,中後期は様々なスタイルを取り込んだ「広意義な」ハードロック)を行なった訳である.
  • これは余談であるが,ジミー・ペイジがLed Zeppelinでやっていたことは第1期JBGでジェフ・ベックがやろうとしたことのパクリという説もあるらしい.事実,体調不良で表舞台から一時身を引いていたベックはZepのファーストを聴いたときに「パクリだ!」と叫んだらしい,というのはW県のOさんの情報.

ここまで書いてやっと気付いた.これ全然箇条書きになってないじゃん!いつもの段落形式の最初に・を書いただけですね,いや失礼失礼.CREAMの面白いところは超ハイレベルなところでのミュージシャンのエゴとエゴとエゴのぶつかり合いが音楽に反映されているところかなと思う.だからさ,クラプトンも凄いんだけど,もっと凄いのはベース対ドラムの強烈バトルに醍醐味を感じてしまうのだよ,わたしは.以上,適当にまとめてみたCREAM報告書でした.

余談
W県のOさんと一致する見解なんだけど,「ギタリスト」としてのクラプトンはCREAMで終わっていると思う.その後はどっちかというと確かにギターも弾いているんだけど歌がメインになっていくじゃない.「シンガー」クラプトンであり,「ライター」クラプトンがCREAM以降のクラプトンだと思う.いい悪いは別にしてミュージシャンとしての成長というか変化ってのがクラプトンの魅力よね.ってとこで!

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