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コミュニケーションエイドはユニバーサルデザインの夢を見るか?

この「秘密基地」というコーナー,私の仕事であるAAC機器・AT機器に関することと夢世界一のAAC機器・AT機器のスペシャリストになること,および趣味のひとつパソコンいじりの間に漂うコーナーでございます.まあ,どうしても会社でできないネタっていうのがいっぱいあるからそのはけ口にもなっているという,真剣にパソコンボランティアをやっている方からは石を投げられてもおかしくないコーナーなのだよ,実は.でも,文章はいつものふざけた文体ながら私のホームページの中でも最も真剣に書いているコーナーなので,みんな怒らないでね.ということで今回は「ユニバーサルデザイン」に対する私の個人的な考え方とAACや支援技術(AT)の観点からみたユニバーサルデザインってのを考察してみようと思うのであります.

「ユニバーサルデザイン」と言ってピンと来る方も多いと思います.日本語に訳してしまうと「共用品」という何とも言えないベーターなことばとなってしまうので,ここはひとつ「ユニバーサルデザイン」略して“UD”というちょいと小粋な略語を使用してみましょ.このUD,実は結構いろんなところで使われているもんなんであります.有名なところでは,シャンプーの横についてあるギザギザかな?あれは賢明な方ならお分かりのことと思いますが,シャンプーの方がギザってて,リンスの方にギザが付いてないのね.これって元々は視覚障害を持った方が簡単にシャンプーとリンスの区別がつけられるようにってことでギザってんのね.でも,よー考えてみてください.視覚障害を持っていなくてもシャンプーしているときに目明けてるって根性の座っている方あんまりいないので結構利用している方いるんじゃないかな?(実はここに「誰でも一時的に障害者になることがある」ということの説明にも使えるのですが,そのネタは次回のコラムに回します,話がややこしくなるので)

ということでパソコンの世界におけるUDって何でしょう?まずよく言われるのが「トラックボール」「トラックパッド」と言ったポインティングデバイスでしょうかね.例えば「トラックボール」だとマウスに比べて手を使うポイントが一つ少なくなる(マウスだと前腕部を使いがちになる方っていると思うのですが,トラックボールだと手首を固定して手指のみで操作可能になるでしょ)ためにCADなんかで1日中ポインティングデバイスと格闘しなきゃならんような方には結構愛されるデバイスだよね.肢体不自由のためにどこかを固定しておかないと不随意運動が出てしまう人や可動域がやや小さいかなといった方に非常によく使われてもおります.また「トラックパッド」はノートパソコンに付いてくる定番のポインティングデバイスですが,これも同様にトラックパッド単体で使用している筋ジストロフィーの方を何名か知っております.まー,トラックパッド単体で販売されている商品は多くない(というか1種類しかなかったんじゃないかな)ので,アルプス電子の「グライドポイント」(←実は各社のノートパソコンに搭載されているトラックパッドはアルプス電子がOEMで生産しているものが多い)を買ってきてパソボラの方が使っているものも多いのであります.どうしても私なんかだとトラックパッドがついてても,基本的にはマウスをくっつけて使用しているタイプの人間なんでトラックパッド単体での販売量がほとんどゼロという状況を作り出しているのであります.

かく言う「トラックボール」の方もUDの観点から見ると実は危機に瀕しているという判断をせざるを得ないという悲しい事実がある.ちょっとと前のトラックボールというとそれこそ四角形の箱にボールが乗っているだけという非常にシンプルなものであったのでありますが,実はそのシンプルさが良かったんですね.例えばクリック信号をスイッチに代替させるための改造は容易であったし,応用がいろいろ利きましたから.しかし,現在のトラックボールは良くも悪くも「人間工学」に基づきすぎている(ってのもなんか変ですが)ものが多すぎて,これまで障害を持たれていた方が使用できていたものを入手することが困難になっているのであります.ケンジントンさん,ロジテックさんそしてマイクロソフトさん.このような危機的状態をなんとか救済して下さい,お願いします.

さて,このようにいろいろなところでUD,UDと言われておるのでございますが,私自身もちろんUDの必要性は認めております.出来るだけ多くの人に使ってもらえるように….その発想は比較するのもアレなんですが私のホームページの趣旨とよく似ておりますので.しか~し,実際に私がたった1年ですが営業した経験の中で「いわゆる」UDが適用できるケースって稀なのであります.このあたりよく一般企業が勘違いしてやらかすミスの一つなのでありますが,
「おいらの会社のおもちゃは目や耳の不自由な子どもでも遊ぶことができるんだぜ.どーだいUDさ」
とか,
「うちんくの会社はのぉ,どこでもエスカレーター,エレベーター完備のバリアフリー設計なんじゃ,どいや,僕よ,UDやろがい,のー,どいや!」
とかいった屋島の合戦の那須与一みたいにうまげに的を射ぬいたように見せかけて,実は的にひとっちゃ届いとらへんケースがおおかったりするんやがい,のー僕よ.まー的を狙おうとしとるだけなんちゃしょらへんじょんならん会社よりはまっしゃけどな.
(註:ちょっとやりすぎました.この讃岐弁一応訳しときます.
「私のところの会社にはどこでもエスカレーター,エレベーター完備のバリアフリー設計なのですよ,どうですか,UDでしょう!ねー!!」
などといったまるで屋島の合戦の那須与一みたいに上手に的を射抜いたように見せかけて,実際のところ的になんか届いてもいないケースがおおかったりするんですね.ね.まー,的を狙うことすら何にもしないどうしようもない会社よりはマシですけれどもね.)

前者のおもちゃ遊びの場合は「肢体不自由の子どもが遊べんでなにがUDじゃい!」と突っ込まれてしまっても仕方が無いし,後者の讃岐弁の例だと電動車いすの人が一人で来たら々対応するのかなというのが結構考えさせられたりします.

今回のコラムはひたすら脱線が続くのですが,実は学生のとき福祉工学概論(だったかな)のレポートが「電動車いすの人が一人で使えるエレベーターとはどんなものか」みたいなお題でして徳島市内のエレベーター管理会社に小バカにされながら取材して回ったのですが,あるとき私はひらめいたのでした.当時は環境制御装置(ECS)なんてしらなかったのに…
私:「あのぉ,つかぬ事おうかがいしますけどこんなんどーですかね.テレビのリモコンみたいに赤外線のリモコンを各エレベーター会社共通の信号でエレベーター操作できるようにしとったら電動乗ってる人でもいけるんじゃないんですかねぇ?」
某社担当者:「なに言うとんですか.そんな金あるわけないやないですか.やってるところがあれば教えてくださいよ.大体電動車いすでエレベーターに一人で乗りに来るのが間違っとんですよ.」
私:「…」
当時何も知らなかった私は何も言わずそんなもんかなぁ,と悩みつつレポートを書き提出したのでしたが,つい先日の海外メーカーの集まる展示会で発見しました!ECSで動くエレベーター.赤外線信号で動かせるんじゃん!!あんときのエレベーター会社のあのおっさんに見せてやりたいわ,ホント.ちなみにどうも北欧の方ではそういった規格があるみたいです.

酒飲みながら文章書いてるからあちこちに話が飛んでてごめん.えーと,CAとUDの話でしたね.失敬失敬.本線に話を戻します.先ほど私の短い営業経験の中でUDが適用できたケースは稀,と書きましたが,これには訳があるのね.実際,いくらUDで多くの人に使ってもらえる商品を製作したとしても,どんなに素晴らしい商品でも最低でも1割程度はそのものを使用できない人がいるって思うんですね.ここからはCAだけに話を絞って話しをまとめやすくしますんで….

私の勤めている会社はそれこそ日本で一番パソコンの入力支援やおもちゃ遊びに使うスイッチを擁する商社であり,それを使うためのフィッティング技術も一流の営業マンぞろい(営業マン時代の私は除くけどね)なんですが,やはり7~8割は市販品のママで使用することが可能なのですが,あとの方はセラピスト(OT)の方の作られたスイッチでないと適用できないケースが多かったりします.つまるところやはりUDの思想ってのは「できるだけ多くの人が使える」ことが目的であって実は「すべての人が使える」ことではない,ということなんですね.

で,ようやくここからが本題.パソコンにはUDの一環として(と私が勝手に捉えている),Windowsには「ユーザー補助」機能や「マイクロソフト拡大鏡」機能がOSに付いてきますし,MacOSには「イージーアクセス」機能や「クロースビュー」機能がついてきます.もちろんその機能を使用することによって多くの障害をもたれた方がパソコンを使用できることになったのはいうまでもありません.でも,でもですよ.福祉機器メーカーや大手ソフトハウスの製作している特殊ソフトウェアがなくなることはありませんでした.「いずれ入力支援ソフトウェアはOSに組み込まれることになるだろう」と言う意見も多く聞くのですが,決してそのようなことは無いと思うのです.やはりすべての方に使える機能を入れるってのは「不可能」だと思いますので.それに各OSに付いてくる機能より金を出しても「使える」ソフトウェアを求めるのは人の常じゃないですか(ほら,絵を書く人だったらいくらOSで只で「ペイント」が付いてきても「イラストレーター」買うじゃないですか.あれとおんなじこと).だからこそ私はそういった特殊機能を用いたソフトウェアの作成を行なってみたいなぁと思っているわけ,そう,もちろんいろいろな人に合わせてね.

なんて酒を飲みつつもう一人の自分と真夏の夜の夢の話を繰り広げる熱帯夜の出来事でした.

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