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2001年7月

夢人の休息

どれだけ走って来た? 答えを求めて
これから何処行く? 目的地は見えるかい
もしも新しい所に行くんだとしても
そこにもボスは居るはずさ
街角や劇場で戦いを繰り広げても
目的地は遠くなるばかり

そう 夢を追いかける君にも きっと
どこかで休息を入れないとね
目的地が遠くて疲れたんなら
少しだけ立ち止まってもいいんじゃない?


どれだけ夢を見てきた? 笑われながら
夢を見つづけるの? 自嘲しながら
生き方の辻褄合わせるために
冷たく人を突き放して
実は暖かく見守っている

だから 夢を追いかける君にも きっと
どこかで休息を入れないとね
誰かがいないと困るのなら
少しだけ振り返ってみてもいいんじゃない?

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これってセラピー?

私はこのように文章を書いている訳だが,ある日悪友からこんなことを言われたのである.
「くろしまんのホームページは箱庭療法やなぁ」
などと.言われてみて気づいたんだが確かにそうかもね.自分の思ったとおりになかなか文章は書けないし(ちなみに「箱庭療法」では大体の場合自分の満足できる箱庭を作ることはできないのである),様々な不満を撒き散らしたり,「もう一人の自分」が言ってることを書いているし,そして何と言っても自分自身が心療内科に通っているし,ということで彼はそんなことを言ったのだ.う~ん,そう言われてみれば….これってセラピー?

仕事がら多くのセラピストとお話する機会は非常に多いですし,自分の妹はSTでして,まぁそれなりにいろんなセラピーを見たり聞いたりている訳だ.どうしても仕事では肢体不自由の方や老人のセラピーの話になることが多い訳だけど,現実問題としては私のように心療内科に行ってる人のセラピーなんかもあるし,知的障害の方のセラピーだってもちろんあるわけね.それにいわゆる「普通の人」だってセラピーのお世話になってる人って多いじゃない.当たり前だけど世の中にはいろんなセラピーがあるって訳.

結構こうして考えてみると自分が学生時代やってきたことってのはセラピーとして有名なものが多いのね.例えば…

  • 人形劇セラピー
    「児童虐待」の子どものケアに使われている.セラピスト対子どもの間に人形というクッションを入れることによって三項関係を作って話しをしやすくしている.もちろん学生の頃,存在は知っていたけど,意識しながら活動してなかった訳で,実は先日,ある学会で「人形劇セラピー」のことを細かいところまで聞いたのな.そっち方向に興味が行きつつあるのである(だって面白そうじゃん,突き詰めるとさ).
  • 音楽療法
    私のやっていたバンド活動で人の心が安らぐ,なんてことは絶対にないサウンドだった訳だが….結構ね,施設に行くとクラシックのコンサートやってたりしてるんだよ.メインはバイオリンやピアノの独奏といったクラシックぽいもんが多いのであるが.私は会社に入ってから気分が落ち込んだときにTHE WHOの「無法の世界」を聴いてテンションを良いところにまで引き上げるというか,支えにするというか,してるから効果はかなりあると思う.これは.

で,今一番面白そうなのが精神科でよく行なわれているという「演劇療法」というヤツ.ただ私はよく知らないので詳しくは書かない.主に総合失調症の方に使われたるらしいのだが….これを知ったとき,私が学生時代にやっていた演劇は「セラピー」だったんかい!と自分自身にツッコミを入れたくなるのが最近の状況である.

てなわけで,文章を書いてるだけではちょっとなんか物足りなくなってきた.会社の仲の良いメンバーでフォルクローレしたりもするけど,結局は会社の人とだからもう少し別の接点が必要かなと最近(大阪在住2年3ヶ月にしてようやく)感じているのである.もちろん「セラピー」とは考えずにであるが.よく考えてみると「社会生活に参加する」「復帰する」「自立する」…なんてのがセラピーだから世の中のこと押しなべて趣味ってのは結局「セラピー」なのかな,なんて考えてしまうのよねぇ,ってなところで.

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「TOMMY」に見える誤解と真実

これまでもコラムに書いてきましたとおり私が最強と考えるバンドのひとつが1人の賢明なるソングライターと3人の悪ガキを擁する愛すべきバンド「The Who」であります.もちろん言わなくても分かる人には分かることですが「賢明なるソングライター」というのはギター担当のピート・タウンゼントであり,3人の悪ガキとは狂ったドラマー・キース・ムーン,ひたすらマイクをぶん回しているロジャー・ダルトリー,静かに演奏してる振りして実はベースとは思えない無茶な演奏をしているジョン・エントウィッスルのことであります.良くも悪くも「ジジィになる前に死んでしまいたい」なんてことを歌詞にしておきながらメンバーの中で一番大人かつクリエイティブだったのがピートだったという皮肉とホントにガキのまま死んでしまったキースに対する奇妙な憧れを感じるバンドなのであります,私にとって.

そんなWhoの出世作と言うべき作品が今回コラムで取り上げる「TOMMY」であります.ミュージカルがお好きな方にとっては10年程前にトニー賞を取った作品でもあるので比較的演劇畑の方にとっても結構身近なアルバムではないでしょうか?また70年代にケン・ラッセルなる知るひとぞ知るイギリスのカルト映画監督によって映画化されてまして,エリック・クラプトンやティナ・ターナーが出演している結構豪華な映画なのですが,ちょっと精神的に疲れているときに観ると翌日の目覚めが悪くなること請け合いです(きわどすぎるよ,あの描写は).

オリジナルのアルバムが発表されたのが1969年であり,サイケデリックやフラワームーブメントなる風俗がロック界を席巻していたころのアルバムということになります.このアルバムはいわゆる「ロックオペラ」と呼ばれるものであり,まーもっともピートとマネジャーだったキット・ランバートの口からでまかせ的発想による産物なわけですが,トータルコンセプトアルバムのひとつの完成形といえるアルバムではないかと私は考えています.

「ロックオペラ」ですので当然大まかな粗筋があります.簡単に書きますと「三重苦の少年トミーがピンボールとの出会いによってヒーローになり,やがて堕落し,その絶望の淵から『何か』を掴む」というストーリーです.なんと,90分のアルバムを1行で語ってしまうという才能の持ち主です,私は.ちなみに専門用語でこういうのを「端折りすぎ」と申します.

今の私の仕事の立場からいうとちょっと「TOMMY」の設定はヤバイかなという気がしなくはありません.だってトミー君は幼い頃のトラウマによって「自閉症」で「三重苦」になってしまったという「かなり無理のある」設定になってますから.1969年ですからねぇ.イギリスでも自閉症に対しての理解が少なかったからなのかなぁとは思いますが… まぁ,1989年に再結成をした際に自閉症児のためのチャリティライブをしているので大目に見てあげたい心境ではございます.ちなみに90年代にトニー賞をとった「TOMMY」の設定知っている方いたら詳しく教えていただけません?ちょっと興味ありますので.

ま,前の段落はちょっとしたツッコミなんであんまり気にしないでね.で今回のコラムの題名である「誤解」というのは別に自閉症を誤って認識してるってことに対して付けている訳では決してございませんので.「TOMMY」に対する誤解っていうのは「三重苦」という設定から来る神秘性にあると思う訳であります.

三重苦と言うとどうしても「奇跡の人」ヘレン・ケラーを連想せずにはおれません.だってやっぱりあの戯曲とか読んでると「Water」のシーンは神秘性にあふれていると思うもん.実際にヘレン・ケラーの伝記を小学生のころ読んだけどなんか自分のいる世界とは違う世界にいた人みたいな印象持ったもん(当時はまだ障害を持った人と接する機会も少なかったしね).で,「TOMMY」における三重苦ってのは「奇跡の人」の三重苦ってのとは全く違うと思う訳よ.

演劇の「奇跡の人」の場合,当然ながら実在の人物を扱ったものであるからあくまで三重苦は「リアリティ」にあふれているわけ.そのリアリティさがヘレンの神秘性を生んでいる訳ですな.「TOMMY」の場合の三重苦ってのは「誰もが持つコンプレックス」の象徴として描かれている訳ね.だから神秘性ってのはピートとキット・ランバートが巧みに作ったレトリックに過ぎないと思うのです.もちろんそのレトリックが巧妙だからこそ素晴らしいアルバムとして今なお聞くたびに新鮮な発見があったりする訳ですが.

Whoというのは言ってみればイギリスの10代の心のシンボルみたいなイメージで私は捕らえているから(アルバム「Who's Next」の「BABA O'RILEY」の歌詞の中にある「Teenage waste land~10代の不毛地帯~」ってのからも感じるよね),あくまで「TOMMY」における三重苦ってのはさっきも書いた誰もが持つコンプレックスを極限まで突き詰めた結果出来上がってしまった設定なんですね.だから実は同じ「三重苦」っても「奇跡の人」とは全然違うってことが分かってもらえたかしら

で,「TOMMY」が興味深いのは突き詰めていくとコンプレックスを持った少年のサクセスストーリーとその堕落の話なんだけど,実は最近「TOMMY」ってピート自身のことなのかななんて考えるようになりましてね.当時飛ぶ鳥を落とす勢いのWhoやピート自身を「TOMMY」だと考えると結構面白い符合が見えてくるのだよ.例えば… 「Amazing Journey」なんかは「大人」になりつつあったピートのことみたいだし,「Cousin Kevin」は初期の契約に振り回されたWhoのようにも読み取れるし,名曲「Pinball Wizard」はコンプレックスの塊だったピートが自身のサクセスストリーに味付けしたような歌詞だしね(「The Acid Queen」「Fiddle About」なんかキースそのものじゃんというツッコミのひとつも入れたくなるしね).

と,大学時代からWhoを聴くようになった私の「TOMMY」論如何でしたでしょうか.「それはないやろ!」的ツッコミが多数寄せられそうな内容なんだけど,オリジナルアルバムを聴きながら考えた内容なのでした.

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恋歌の達人(村下孝蔵さん)

なんか眠れないのでコラムを書いています.BGMはマイク・オールドフィールドの「TUBLER BELLS III」.なのに書いてるコラムは村下孝蔵さんのことなのです.両方分かる人にはこの異常事態に気付いているのかな,別に大した事でもないんですが(笑).

村下さんのことはいつかコラムに書きたいなとは思っていました.なかなか機会に恵まれなくって.で,先日VTR観劇した「キレイ」の音楽が気に入ったから音楽担当の「メトロファルス」のCDを買いに行ったのですが,インディーズのCDも置いてあるキタやミナミのレコードショップでも見つからない.どうしても「め」のところ探すじゃん.日本に「め」のつくメジャーバンドって多くないからどうしても「む」のところみてしまうじゃん.ほんだらありましたがな村下さんのニューアルバム.ライブ版とか自宅録音のアコースティック版がメインらしいので買おうかと思ったのですが,取り急ぎ他のCD買いたかったのでその場は買いませんでした.が,きっとこのコラムを書いた以上1ヶ月以内におそらく村下さんのCD買ってると思いますです,ハイ.

かく言う私,ギターなるものをはじめたのは実は村下さんの影響をモロに受けたからなのね.私の高校時代,つまりはバブルのはじける直前回りの連中の聴いていた曲といえば,B'zをはじめとするビーイング系の音楽だったりメッセージ性の強いものが好きな人は尾崎豊を聴いていたりという時代だったのね(ちなみに尾崎が死んだのは私の高校時代のことでした).そんな中なぜかクラスにひと~り,遅れてきたフォーク少年が.それが私だったのですね.中でもお気に入りが村下孝蔵師匠だった訳でした.

村下さんの曲で好きな曲を1曲と言われるとベタですが「初恋」ちゅうことになってしまいます.私の本当の「初恋」もあんな風に「夢」だけを見ていたようなというか,「恋に恋してしまう」というかそんな感じだったもので,自分にフィードバックしてあの曲は聴いてしまうのだよ.で,その「初恋」をギターで弾きたい,そう思ったからギターを始めた訳なのさ(まぁ,もっとも「初恋」は結構簡単に弾けちゃう曲なんですがね).

ただよくも悪くも大人になって何度か失恋なんてものを経験してくると胸に染みるのは「踊り子」といった別れの曲かな.村下さんはなにせ別れの曲の名手ですから,失恋したときなんかはわざと村下さんの失恋ソングを聴いてですね,余計に自分を追い込むと逆に立ち上がりがトルクフルになって結構効果覿面です.きっと自分が結婚して子どもが出来たりしたらまた別の曲が好きになったりするんだろうなぁ,なんて最近考えてみたりして.

と,まぁこのように村下さんと言えばニューミュージックとフォークの挟間に咲いた一輪の花という印象で,悪く言うと私と同じフレーズ「遅れてきたフォーク歌手」ってことになるのかなぁ.1980年デビューってことはフォーク全盛ではないし,ニューミュージック時代のはじまりの時期ですもんね.というころで村下さんは「シンガーソングライター」としての側面が多く取り扱われる訳ですが,実はとんでもないギターの名手だったりするのであります.しかもなぜかその姿はアルバムなんかでは見せないんだわ.見せても片鱗くらいです.村下さんのライブには結局行けずじまいだったのですが,ライブの持ちネタにひとりっきりで演奏する「パイプライン」というすさまじいネタがあるらしく,一度観たかったなぁと思うことしきりでございます.事実晩年にはフォーク系の歌人であるにも関わらず,ベンチャーズスタイルのエレキギターの広告に出るという微笑ましいこともやってらっしゃいましたからね.

このような村下さん,私が考えますに大きく3期に区分けができるかなと思うのです.第1期は街3部作からはじまって初恋,踊り子という名曲を残し,体を壊して休養を強いられることになった時期,この時代を私は「フォーク村下」の時代と思っています.復帰後比較的エレクトリックなサウンドを導入していた第2期.アルバム「新日本紀行」は個人的に好きなアルバムです.そしてそれ以降打ち込み系のサウンドを導入していった第3期,結局フォークにしたら名曲かなぁという曲もいかにも打ち込みサウンドになってたからあまり好きではなかったのですが,ライブではフォークサウンド中心だったそうで,それはそれでよかったのかなぁと.結局アルバムでは未完成なサウンドだったと私は感じる中,村下さんは急死されてしまうのであります.私が社会人になった年のことでした.せめて打ち込み系のサウンドで納得させてくれるアルバムを残してくれていたらなぁ,なんて考えるのは切なすぎるので止めようと思います.

村下孝蔵,私にとってギターを持たせてくれた人,初恋の甘酸っぱい気持ちを思い出させてくれる人,失恋したときは気持ちを休めてくれた人.私はけっして饒舌ではないのでこのようなありがちなことしか書けません.ありがとうございました,村下さん.

結局,途中から村下孝蔵さんのCDに変えちゃったなぁ,アコースティック中心のアルバムをかけてるんだけど,なんか歌声が切なく聴こえるなぁ….涙出てきそう….

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