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「まずうま」の世界

私の友人Aさんが造った言葉に「『まずうま』のうどん」というのがある.これは「一般的にはあまり知られていない,うまいという評判を聴かないうどんであるが,私にとってはうまいうどん」の意である.あまりうどん店にとっては頂きたくない称号ではないかもしれないので,具体的な店名は挙げられないが,香川県人ならなんとなく言わんとしてることは分かってもらえるはずだ.自分の舌にフィットしたうどん,それが「まずうま」なうどんなのだ.なぜ,こんな「まずうま」を例に挙げたかというと,そこに「生活者のうどん」の匂いが漂っているからである.

確かに「恐るべきさぬきうどん」シリーズで紹介されるS級店や「うまひゃひゃさぬきうどん」に載っている店はうまい.「さぬきうどん」の知名度アップに大変貢献したすばらしい作品である.ただしそれはあくまで「さぬきうどん」の一部を書いているにすぎない.実際に香川に住んでいる人は案外冷静で,自分の行き付けのうどん屋にしか行かない人の方が圧倒的である.(ちょいと造語を造るなら「コンサバうどん」かな?)

ここで「まずうま」なうどんである.恐らく前に示した2冊の本には載らないであろう店である.そう「コンサバうどん」こそその人にとっての「まずうま」なうどんなのである.このことを「うどん通」の方々はどう考えるのか?そこに非常に興味がひかれるのである.

最近の「さぬきうどんブーム」の中で私が危惧するのは,自分の持つ独自性が保たれていない人が多いと思うのである.「あの本に紹介されてたからうまい」というのもいいのだが,それだけでは自分の成長が見込めない.自分で実際にうどんを食べ,自分の舌(うどんの場合喉かもしれん)を信じ,うどんに対して自分の意見を持つべきだ.そう自分にとっての「まずうま」なうどんを見つけるのだ.そして他の人の意見に耳を傾ける.これこそ「自分と他人の違いを認める」ことであり,これでこそ自分が成長できるのではないか.それぞれの意見が違うからこそうどん談義は面白く,一緒だったりするからなお楽しい.では「まずうま」なうどんを発見し,うどんに対して自分の意見を持つにはどうすればよいのか?簡単なことである.淀川長治先生の言葉を借りてこの駄文を締めよう.
 「もっと『うどん』を食べなさい.」

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