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1999年2月

「まずうま」の世界

私の友人Aさんが造った言葉に「『まずうま』のうどん」というのがある.これは「一般的にはあまり知られていない,うまいという評判を聴かないうどんであるが,私にとってはうまいうどん」の意である.あまりうどん店にとっては頂きたくない称号ではないかもしれないので,具体的な店名は挙げられないが,香川県人ならなんとなく言わんとしてることは分かってもらえるはずだ.自分の舌にフィットしたうどん,それが「まずうま」なうどんなのだ.なぜ,こんな「まずうま」を例に挙げたかというと,そこに「生活者のうどん」の匂いが漂っているからである.

確かに「恐るべきさぬきうどん」シリーズで紹介されるS級店や「うまひゃひゃさぬきうどん」に載っている店はうまい.「さぬきうどん」の知名度アップに大変貢献したすばらしい作品である.ただしそれはあくまで「さぬきうどん」の一部を書いているにすぎない.実際に香川に住んでいる人は案外冷静で,自分の行き付けのうどん屋にしか行かない人の方が圧倒的である.(ちょいと造語を造るなら「コンサバうどん」かな?)

ここで「まずうま」なうどんである.恐らく前に示した2冊の本には載らないであろう店である.そう「コンサバうどん」こそその人にとっての「まずうま」なうどんなのである.このことを「うどん通」の方々はどう考えるのか?そこに非常に興味がひかれるのである.

最近の「さぬきうどんブーム」の中で私が危惧するのは,自分の持つ独自性が保たれていない人が多いと思うのである.「あの本に紹介されてたからうまい」というのもいいのだが,それだけでは自分の成長が見込めない.自分で実際にうどんを食べ,自分の舌(うどんの場合喉かもしれん)を信じ,うどんに対して自分の意見を持つべきだ.そう自分にとっての「まずうま」なうどんを見つけるのだ.そして他の人の意見に耳を傾ける.これこそ「自分と他人の違いを認める」ことであり,これでこそ自分が成長できるのではないか.それぞれの意見が違うからこそうどん談義は面白く,一緒だったりするからなお楽しい.では「まずうま」なうどんを発見し,うどんに対して自分の意見を持つにはどうすればよいのか?簡単なことである.淀川長治先生の言葉を借りてこの駄文を締めよう.
 「もっと『うどん』を食べなさい.」

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我が心のふるさと

24歳の私がふるさとを語るというのはおこがましいし,おやじ化してるみたいで好きではないのだけれど,やはり「柳川」について語ろうとすると「心のふるさと」というフレーズが一番しっくりとくる.

私の実家のある観音寺の下町にある「柳川」,昔祖母が住んでた家のすぐ近くにその店はある.さすがに西讃だけに炒り子のよく出た甘めの出汁である.それで,ここの特徴,細麺.明らかに中讃のそれとは違う麺であり,コシはそれほど強くなく,優しく軽く,出汁と一緒に自然とどんどん口に入ってくる,そんなタイプのうどんである.

でも,ここについて語ろうとするとこんなうどんの解説もどきだけでは終われないのである.私の子どもの頃の夏の風景が頭に浮かんでくるのである.そう,あの夏,なつ…


……


なつやすみになるとダイエーばあちゃんのところへあそびにいくんだ。で、まりちゃんといっしょにしゅくだいやって、かんばんにペンキぬるてつだいやって、そんで、ひるごはんはやながわでうどんたべるんだ。そのあとまたあそぶんだ…

……
 失礼!思わず20年近く昔に溯ってしまった.当時「柳川」で食べてたうどんというと夏なら「冷やし」「ざる」といったところ,それ以外なら「かけ」「きつね」が多かったが,家族で流岡(旧ファミリーパーク前)にあるお好み焼きも食べれる(これも西讃独特の文化だが)「出店」の方にいったときは「柳川名物」の「たまごとじうどん」を食べていた.これは絶品!優しいうどんとおいしいお出汁,そこに玉子が加わって織り成されるハーモニー!!いわゆるさぬきうどんとは全くベクトルの違ううどんであるが,これを食べることが出来るのはこの「柳川」だけ.興味をもたれた方は一度訪れてみてはいかが?

柳川データ

  • 「柳川」(製麺所)
    観音寺市観音寺町(裁判所の裏の細い道沿いにひっそりとあります)
  • 「やな川」(出店)
    観音寺市村黒町(旧ファミリーパーク前にでーんとあります)

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うどんよりラーメン!?

昨日の朝日新聞(1999/2/7)にこんな見出しが載ってました.「うどん王国でラーメン」.記事の内容は,香川県の10代の若者はうどんよりラーメンを好んでいる,というものでした.最近の「局地的な」さぬきうどんブームの中では,「えっ,そーなん,違うやろ!」とか言いそうな人が多いような気がしますが,私はこの朝日新聞の記事は結構そのとおりなんじゃないかなぁ,という気がします.

私自身の高校時代を振り返ってみますに,確かに友人とうどん屋に行く機会は多かったのですが,いわゆる「ディープな」製麺所系のうどん店には行ったことなかったですもの(ちなみに,高校時代に友人と行ってたうどん店は“黄金うどん”の「つるや」,“餅屋なのにうどんが食える”「かなくま」といったラインナップでした).ディープなうどん店ってのが注目されはじめたのって,「恐るべきさぬきうどん」以降ですもんねぇ.

最近「恐さぬ」片手にうどん店をまわってる方々なら分かると思いますが,ディープなうどん店に高校生ってあんまりいないでしょ.大体,あの手の店って閉店が早いし,日曜日休みだったりするから高校生ってあんまり行けないからね.さらに,製麺所系って元々はその土地に住む人が「食わせてもらう」店だから,そういうところになかなか高校生は行かんわなぁ.さらにさらに!ディープな店は車じゃなきゃ行けないような環境にある店も多くて,高校生は行きたくてもなかなか行けない!なんてことも関係してるんじゃないでしょうか?

記事には「さぬきうどん研究会会長」の真鍋香川大名誉教授の談話で「香川の人は20歳を過ぎると圧倒的に好きになる」と書かれております.そうね.たしかにそうかも知れん…あまりにも「うどん」が身近にあるから,「ラーメン」にひかれるのかもしれん.で,ある程度年をとることによって好きになるんじゃないかなぁ.丁度,県外にでた香川人がさぬきうどんを恋しく思うようにね.

#なお,香川でラーメン屋を探すのは本当に困難だったりします.それにやっと見つけても味が…な店なことがあります

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手作りうどんのお話

私は研究のために先日徳島県立聾学校へ行きました.作成したソフトウェアをインストールするため,パソコンを操作しなくてはならなかったのですが,私はそこに似つかわしくないあるものを見つけたのでした.キーボードのとなりにあったそのものとは,パンを伸ばす棒だったんです.ちょっとあることが頭をよぎり,私はそこにいたA先生に聞いたのでした.
 「すいません,全然研究と関係ないことなんですが,これ一体何に使ったんですか?」
 「それこの間子どもと一緒に『うどん』打ったんよ~.」
あっら~,やっぱりそうだったのね!
 「いやぁ,私,うどんにはちょっとうるさいんですよ~,自分のホームページでうどんのことネタにしたり,うんぬんかんぬん…」
全く研究と関係ない話をしちゃいました.

なるほど,徳島の学校でもうどんを打つようなところあるんですねぇ.私が小学校の頃なんかは,私はやらんかったけど学校でうどんを打ったりするところもあったし,子ども会なんかでうどんを打つなんてことは私もしました.ちなみに友人は小学校のときの謝恩会で,先生や保護者の方にうどんを打って振る舞ったらしいです.嗚呼,美しき哉さぬきの小学生!!

でもね,今香川で家庭でうどんを打ってる人ってそんなに多くはないのよ.うちの祖母の家でも「麺棒」はあったんですよ.でも,高いところにおいてある仕出しの箱を取るための棒になってました(註:うちの祖母宅は元魚屋兼仕出屋).嫁入り道具に「うどん打ち道具一式」!なんていう時代もあったらしいんですがねぇ.ま,とにもかくも私は自分の家でうどんを打ったことはないです.

ところが!です.先日,徳島駅ビル「クレメントプラザ」の地下の食料品売り場で見つけちゃったんですよ.一部マニアの間では結構有名な「中野うどん学校」の手打ちうどんセット!思わず衝動買いしました.ちなみに消費税込みで735円也!実は買ってもう1週間になるんですが,まだうどん打ってないんですよ.さて,どうなりますやら….修論書き終わったら打ってみるかな.ということで!

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