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1999年1月

人形劇でいこう!

「どーも,わにべーで~す!」なんて子ども達の前で自己紹介してたのは,もう5年も前の話.私は大学のサークルで人形劇をやってたんですね.途中で活動の方向性の違いから辞めちゃいましたが…まぁ,ともかく人形劇をやってたんです.大学に入った当時,本当は映画か演劇のサークルに入ろうと思ってたんです.けど,どうもしっくりこなかったんです.で,高校時代に子ども会関係の活動をやってたから,人形劇をやってるサークルに入ったんです.

サークルに入ったときに考えたのが,「人形劇で何ができるかな?」ってことだったのです.大体,それまでの私が持ってた人形劇のイメージってのはNHK教育の「こどもにんぎょう劇場」ぐらいだったもんで,どうも今一つイメージが湧かんかったんですね.とにかく,中学の先生が学生時代に作った自主映画を見せてくれて以来,なにか表現したい!って気持ちは腐るほど持ってたから,それを吐き出したいって気持ちは強かったです.

1年目は影絵劇をしました.そのときはほとんどスタッフ(プロデュース的なこととか,移動光源とか)をやってました.で,巡回公演とかいいまして,夏に小学校を4~5校回るってなことをやっとたんです.このときは楽しかったですけど,やっぱり自分では芝居したいとか,脚本書きたい,みたいなことがあったんでそのあたりはちょっと欲求不満気味だったなぁ.

そんなある日,私はある人と親しくなっちゃうんですねぇ.今も付き合いが続くその人とは,W県のOさん.なぜ親しくなったのかと申しますと,私,当時サークルの中で数少ないギター弾きだったんです.公演で子どもの前で「うたのおにいさんで~す」ってやるわけですね.で,サークルの連中は「ギター弾けるんなら,劇で使う曲の選曲できるやろ」とかよー分からん理由を言われましてね,私を選曲の魔術師Oさんのところに送りこんだわけ.今思えば,これが今の自分を形作っています.

Oさんって人形劇で使う曲にプログレとか,ジャズとか,ハードロックとか使うんやもん,洗脳されちゃったわけですよ(当時私は遅れてきたフォーク少年だった).それで,Oさんって13歳も年上なんやけど,あの小劇場ブームのときに雨後のタケノコのごとく出てきたアマチュア劇団に所属してたこととかさ,いろんなこと教えられてねぇ.このことがなかったら,間違いなく今の私は無かったでしょうなぁ.劇団にも入ってなかったろうし,バンドもやってなかっただろうねぇ.今でも暗い性格と言われますが,かなり明るくなったんだよ,これでも.じゃなきゃ,ラジオになんか出てないぜ,多分….

かなり脱線しちゃいましたね.で,そんなこんなありまして,2年目の人形劇では脚本を書くことが出来ました.単純なおっかけっこの話でした.60分近いお話で顰蹙をかいましたね.だって,夏のあつ~い小学校の体育館(教室)を閉め切って,暗幕張って公演やるんだもん.そらやる方もキツイけど,みる方もキツイわなぁ.こんな悪評高き人形劇でしたが,いろいろな思い出が出来ましたね.このときは人形劇の歌を作ったりしてね.自分で曲なんて書けないのに.無理矢理作ってね.毎晩練習から帰ってレコーディング(なんて上等なもんじゃなけど)するんですわ.でね,芝居の中で歌うんよ.自己満足的だけど楽しかったなぁ.なんかマゾヒスティックに聞こえるかもしれないけど,ほんとの楽しさって苦しみの向こうにあると思うんですよ.

これからちょっとしてサークル辞めちゃうんですが,今でも人形劇やりたいなぁ,ほんと.大阪に行ったらメンバー集めてやろうかしら?人間が演じる劇じゃ出来ない魅力ってあるもんね,人形劇.そんな人形劇が今でも私は大好きです.

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